■初論文
今月下旬、おそらくは25日か、私の初論文が雑誌(『未来心理』vol.012)に掲載されることになっている。
オーバードクター1年目にして初論文である。
自らの至らなさに恥じ入る思いだ。
だが、論文を書くというこの行為によって、これまで何に躓き、何に惑うていたのかをよくよく自覚させられた。
結局戻ってきたのは、研究者を志した原点ともいうべき地点だった。
ここにたどり着くまで、無為に過ごしたつもりもなかったが、あまりにも時間がかかりすぎたとも思う。
一方で、それでも戻ってきたということは、戻ってこざるを得なかったということでもある。
躓いても惑うても、戻ってきてしまった、諦めることができなかった、というのだから、後はなんとかやっていくしかない。
しかし、なによりも、研究仲間に恵まれていることに感謝している。
彼らがいなければ、惑うていたここ数年、覚束なくも研究し必死で学会報告を続けていくことすらできなかっただろう。
さまざまな事情から、研究者を諦めなければならなかった仲間も沢山いる。
なぜ私がとりあえず今も研究を続けられていて、なぜ彼らがとにかくにも諦めざるを得なかったのか、その境界は、研究者としての優秀さによって定められたのではない。
私は未だ惑うかもしれないが、それでも、続けられるだけ恵まれているのは間違いないのだから、できるところまで続けていきたい。
否、続ける。
掲載誌の発刊が待ち遠しい。
怖くもあるが、第一歩であればそれも当然だろう。
オーバードクター1年目にして初論文である。
自らの至らなさに恥じ入る思いだ。
だが、論文を書くというこの行為によって、これまで何に躓き、何に惑うていたのかをよくよく自覚させられた。
結局戻ってきたのは、研究者を志した原点ともいうべき地点だった。
ここにたどり着くまで、無為に過ごしたつもりもなかったが、あまりにも時間がかかりすぎたとも思う。
一方で、それでも戻ってきたということは、戻ってこざるを得なかったということでもある。
躓いても惑うても、戻ってきてしまった、諦めることができなかった、というのだから、後はなんとかやっていくしかない。
しかし、なによりも、研究仲間に恵まれていることに感謝している。
彼らがいなければ、惑うていたここ数年、覚束なくも研究し必死で学会報告を続けていくことすらできなかっただろう。
さまざまな事情から、研究者を諦めなければならなかった仲間も沢山いる。
なぜ私がとりあえず今も研究を続けられていて、なぜ彼らがとにかくにも諦めざるを得なかったのか、その境界は、研究者としての優秀さによって定められたのではない。
私は未だ惑うかもしれないが、それでも、続けられるだけ恵まれているのは間違いないのだから、できるところまで続けていきたい。
否、続ける。
掲載誌の発刊が待ち遠しい。
怖くもあるが、第一歩であればそれも当然だろう。
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